2003-05-09 マドモワゼル・バタフライ。

_ 昆虫好きの同僚、

Sさんからはいろいろと教えられることが多い。

奥本大三郎がファーブル昆虫記の訳者であることも教えてもらったし、

蛾と蝶の見分け方も教わった。

木や壁に止まって休むとき、羽を広げて止まるのが蛾で、

羽を立てて止まるのが蝶なんだそうだ。

言われてみれば、今まで見た蛾はどれも羽を広げて、壁に張り付くように止まっていた。

何の気なしに蛾と蝶の話を書いていて、ぼくは一匹の蝶のことを思い出す。

かつて出会った、美しく力強い一匹の蝶、

南米の宝石、モルフォ蝶のことを。

_ 話は突然に

ブラジルへ飛ぶ。

2年前の夏、ぼくはブラジルを旅した。

アメリカで乗り換え、リオ・デ・ジャネイロへ向かう飛行機の中で

ぼくはすっかり満足していた。

20数時間もの間、エコノミークラスで窮屈な思いをするのには閉口したが、

なんにせよ、今ぼくは地球の裏側にむかっている。

子供のころ地理で習った地球の真裏に行く日が来るなんて、なんて素晴らしいんだろう。

リオ・デ・ジャネイロまでぼくを運んでくれるテクノロジーに感謝し、

新世紀に生きる実感って奴を噛み締めた。

_ リオ・デ・ジャネイロで

数日過ごし、エル・サルバドール、別名バイーアという町を訪れた。

ブラジルはたくさんの移民で出来た国で、

ヨーロッパから来た者、日本から入植した者、アフリカから連れてこられた者など

様々なルーツを持つ人々がいる。

ブラジルには大きな街がいくつもあるが、

リオ・デ・ジャネイロには白人系が多く、サンパウロには日系人が多く住む。

緑あふれる太陽の町、バイーアは黒人の町だ。

_ 成田に住む、

日系ブラジル人の友達によると

バイーアは海辺の町で、人々は陽気で暖かく、町には常に音楽が流れているという。

そんな話を聞いてぼくは是非ともその町へ行ってみたくなった。

リオ・デ・ジャネイロでチケットを取り、飛行機でバイーアへ飛ぶ。

空港から町の中心地へついた時、店先から流れるレゲエのビートがぼくを出迎えてくれた。

_ 町のはずれ、

海の近くの安ホテルに宿を定め、荷物を置いて町を歩く。

知らない国や町につくと、体がそこに馴染むまでものすごく緊張する。

肌の色や外見、雰囲気などで、余所者オーラを周囲に発している気がしてしまうのだ。

どこの国でも余所者やガイジン(海外では自分がガイジンだ、当たり前だけど)は

トラブルにあいやすい気がする。

食べ物屋で馬鹿高い料金を吹っかけられたり、ひったくりに狙われたり。

不要なトラブルに会わないように、ぼくは旅先で頑張って現地に溶け込む努力をする。

バイーアの街角で、ぼくは自分に一心不乱に自己暗示をかけていた。

自分は余所者でもガイジンでもない、

サンパウロから遊びに来た日系3世だ、と。

_ 海辺の広場から

坂を登る。

服屋やスーパー、果物屋に雑貨店。

バイーアのメイン・ストリートをあてどもなく歩く。

街の空気を吸い、人々の交わす会話に耳を傾ける。

そうはいっても、

ぼくはポルトガル語はあまり得意なほうではなく、

どちらかというと苦手で、

より正確にいうとしゃべれないんだけれど....。

_ わずかずつ、

体がバイーアに馴染んできそうな予感がし始めたとき、

電気屋の前を通りかかった。

テレビでは新作映画のワン・シーンがやっていて、

高いビルの中ほどから黒煙が立ち昇っている。

そこへジェット機が飛んできて、もう一つのビルに突っ込んだ。

崩れはじめた二つのビルの背景には、信じられないほど青い空が広がっている。

電気屋の店先の何十台ものテレビは、

ジェット機がビルに突っ込むシーンを繰り返し繰り返し映し出している。

やがてぼくは、それがほんの数時間前に現実に起こった出来事であり、

テレビで映し出されているのが新作映画などではなく、

世界中で放送されているリアルタイムの緊急ニュースだということに

やっとのことで気が付いた。